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あじあの☆くん

Author:あじあの☆くん


住所不定永遠の旅行者

将来の終生の棲み家を

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2005年当時に私が
撮影した動画で

周辺民家は現在取り壊され
空地に成っちゃいました。




2007年に訪れた
インドネシアです。
あじあんタイム♪


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25年ぶりのマカオ観光
2008年10月25日


一夜明けて今日は日頃の暴飲×2暴食の私生活を反省しつつ

エクササイズ も兼ねマカオの町を1日かけて歩き倒す予定です

なにやらネットで拾い読みしたところ2005年7月のユネスコ世界遺産会議において

マカオの22の歴史的建造物と8ヶ所の広場が「マカオ歴史市街地区」として

世界文化遺産に登録されたそうですが、とうぜん今日一日ですべて走破

できるわけもなく、それとは別に私自身は観光名所うんぬんより

近代化の波に日々取り壊されていってる昔ながらの長屋とか路地裏の

置屋の方が好みかつ、これこそ世界遺産で保存せねばと思ってる按配なので

本日の観光も世界遺産でなければ絶対に食指の進まないんですが

まあそこはそこ、それはそれリードがほどけた子犬のように

あっちにフラフラこっちにフラフラと目に付いた建物だけを大まかにまわってみました

それになにより地図らしいものは持ってないんだも~んw


2008-09a

セントポール 聖ポール天主堂跡(大聖堂跡)

1835年の火災によりその殆どが焼け落ちてしまいファサード(建物正面)と

階段だけが残っている 世界各国の言葉が飛び交っていつも観光客であふれてる

入り口扉が開いてたんで斜め向かいのアパートの屋上から写させて頂きました

2008-09a

聖オーガスティン広場

歩き疲れて日陰のベンチで休んでいたら判明しました世界遺産の聖オーガスティン教会

ドン・ペドロ5世劇場、聖ヨセフ修道院及び聖堂、ロバート・ホー・トン図書館が

立ち並ぶエリアの中心にある歴史の交差点だそうです

2008-09a

ペンニャ教会

1622年オランダ船の襲撃から逃れた船員や乗客たちによって建立され

1837年再建、1935年には全面的に建て直された。隣接する司教館は、

かつての東洋におけるカトリック布教の拠点となったところ。

教会前の広場にはマリア像が航海を見守るように立っている

説明文は、よそからパクリましたw 

2008-09a

韓国や香港に参ったときも、そう感じたんやけど

どうしてブ男なのに花嫁はべっぴんなんだろう?



マカオ歴史市街地区は世界遺産ではあるが大陸、中国の観光地のようにやたら

立ち入り禁止になったり入場料が必要になったりというのがないので嬉しいね

2008-09a

1)

写真は大きなカジノホテル ウィンマカオ(永利澳門酒店) ラスベガスを意識した

噴水池の前からリスボア・ホテルの旧館と新館を望む

2)

2006年9月6日にオープンしたスティーブ・ウィン氏、率いる

ラスベガス系最高級ホテル&カジノリゾートウィンマカオ(永利澳門酒店)

マンションが一軒、買えちゃうファントムが三台、止っていた

間違っても和平で泊まってるようなことは言えませんw

2008-09a

グランド・リスボア・ホテル

2008年オープン。マカオ半島の中心地に位置するリスボア・ホテルの新館

蓮をデザインした外観の52 階建て、高さ258mのマカオ最高層のホテル

外壁には6万個のLEDライトが使用され、夜のイルミネーションはひと際と華やか

夜になると金のある宿泊客目当てか怪しい小姐も出没してました

2008-09a

マカオで最もにぎやかな通りアンティーク・ショップ漢方店、貴金属店

土産物菓子店などが並ぶ中国名で「新馬路」(サンマァロゥ)と呼ばれる

マカオの目抜き通りセナド広場に面するマカオ最大のショッピングストリート

通り沿いには20世紀初頭の建造物が残っておりいつも多くの人通りでにぎわっている

2008-09a

セナド広場

周囲をパステルカラーの建物に囲まれ、波形模様の石畳が特徴の広場

街の中心部でここも常に観光客で賑わっている

ただガイドブックやWebなどで見てから訪れると、その規模にガッカリさせられるかも

現に私も、ここでくつろいでた英語の通じるフィリピン人にセナド広場はどこでっか?と

恥ずかしながら聞いてしまったくらい有名なわりにこじんまりと感じた




次回はマカオとの国境を越え中国、珠海からバスでいっきに広州へ参ります



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マカオの初夜は 和平大旅店 売春旅社だった
2008 10月24~25日


チエックアウトの時間が過ぎたマニラの定宿の部屋で居座っていたものの

お昼ちょい過ぎには部屋の掃除係りに追い出された私は今夜マカオへの

5Jのフライト19:30分までまだかなりの時間があります (ようするに暇)


いっぱい飲みに行こうかと唯一の時間潰しを思い浮かぶが旅中は昼間から

むやみ やたらに飲まないの制約を思い出し即刻、却下

それならエアコンの効いた、うふふなとこでとも思うがこれから先

長い寄り道になるので、だらだらとした日常をおくるのもなんなんで、これまた却下


仕方なし宿に併設されてるエアコンの効いたレストランで適当な時間までと

前の路上に住み着いてるアンタッチャブルな家族をウォチし過ごすが、それも飽き

隣のインターネット屋で「マカオ 安宿」で今宵の宿を検索することに安宿は

福隆新街というところの周辺に沢山ありそうだと言うことが早々に解明しまたも暇に


まあとにかく時間もある事だしジプニーで空港近くまで出向くことにする文中によくでる

ジプニーとはジープを改造した乗り合いバスでフィリピン庶民の代表的な交通手段で

老若男女が乗り合わせる窮屈な車内ではドライバーの好みのロックやアメリカンポップスが

大音響で鳴り響き時には乗り合わせた見ず知らずの輩が人の手荷物の中に無断で

手を入れてくるなど、なかなか油断の出来ない貧乏くさい愉快な乗り物なのですわ


2008-09a

21:35 マカオの空港に到着 いたってスムーズな税関を抜けバックを受け取り

空港の外へ出るとAP1ミニバス乗り場がすぐに見つかる


車内は大声で携帯電話で喋る大陸風のオバサンやら急ブレーキのたびに

罵声を浴びせる賑やかな おばさんや道では大声で言い合ってる夫婦やらで

フィリピンから到着した身には、やっぱ中国やんと懐かしい気分にさせられます


インターネットで「マカオ 安宿」で見つかった安宿街の福隆新街というところへ

まずは向かうのですが情報によれば空港からAP1バスに乗り、フェリー・ターミナルで

乗り換え3番などのバスに乗れば、ほとんど歩く必要はないとのことです

2008-09a

マカオの空港は何よりも、町に近くてアクセスが便利なのが良い

路線バスが乗り入れていて、料金は街中まで3.3RMB とてもお得だ

深夜12時頃まで運行していて便利だ ただし大陸の市バスと同じく

おつりが出ないので要注意 空港の両替所で小銭をもらえればよいが

10RMB 札で支払っても、おつりをもらえない

セナド広場を過ぎた このあたり新馬路?で下車し福隆新街へ

2008-09a

夜も遅いのか静まりかえった福隆新街 アセチレン灯が、え~塩梅に路地を染めてる

右の安宿は新華旅店100年の歴史があるそうでクラシックな雰囲気を求めて

欧米のバックパッカーもたくさん泊まっている

2008-09a

和平大旅店 エアコン付きシングル 100RMB 1400円

住所: 澳門福隆下街37-41号  間違っても欧米人は泊まってませんね


夜、遅くに着いたマカオ 福隆下街 和平大旅店の玄関に立って客待ちをする

お姐ちゃんがなんとも怪しく魑魅魍魎な雰囲気をかもし出してる安宿

好奇心旺盛な私はどうしても宿の奥の奥を見たくなる よって立ち入り禁止のところにも

すぐに首を突っ込むおかげで何度も危ない目に遭っているのだが

学習できない私は懲りずに宿を覗きにいく

2008-09a

二階へあがる狭い階段にもびっしりお姐ちゃんやらおばちゃんくらい歳をめされた

ご婦人やらが座られていて突き刺さる視線を身体いっぱいに受け二階のレセプションに

そこにもご覧のように大陸から出稼ぎにこられた小姐やオバ姐が客待ちしとります

ちんなみに、いたし代は100RMB 1400円 部屋代と同じなんやw

2008-09a

上の画像のコモントイレ&シャワーの部屋が今回、泊まった100RMB 1400円の部屋です

エアコンがあるだけで長期旅行者の私は妥協してしまう (悲しい)


下の画像はトイレ&シャワーテレビ付きの部屋ですが この時は宿に巣くってる小姐が

営業用に借り切ってるようです そこの、お姐さんは私にジェスチャーで

奥のシャワーで身体を洗ってマッサージを100RMB 1400円でしてあげると

部屋の前を通るたびに言ってくる営業魂ですw

2008-09a

マカオは、1999年に中国に返還されるまでポルトガル領だった

というわけで今夜は本場のポルトガルの味を求めてと言いたいところだが


マカオも含め、この広東省一帯は、外食文化が発達してるので

三度三度の食卓を外食ないし 屋台で調理されたもので済ませるのが一般的


到着日は空港から移動やら宿探しなどで時間も遅くなったので、うろうろせず

我が安宿、和平大旅店のすぐ前の文華飯店横に夕方から店開きする屋台で食べた

2008-09a

豚足の煮込みがのった労麺(汁なし麺)とニラ炒めで青島しました

客の回転は早く私みたいに酒を楽しみ居座る客はごく少数派なんすね


手にしてるのは宿の領収書で中国同様に保証金(預かり金)を徴収されるので

チェックアウトまで大事にとっておかないと、うだうだ言って返金をしぶられます

2008-09a

わたくし和平ビギナーなんでカメラを向けると露骨に嫌な顔をされるので

ハンディフォン モトローラ V3XXでも数カット撮りました (まあ撮るほうも撮るほうだが)

2008-09a

観光で街を歩き倒して宿でひと息と戻って来ても ご覧のとうりの光景で呼び止められます

けっして家族では泊まれない (その前に相方に却下されるわねw) マカオでの宿でした




次回は、ごくマジメな市内観光編です




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フィリピン マニラからマカオへセブパシフィックで GO
2008 10月22~24日


日本を出て二週間が経過しました。


私が乗車したパルタス社のバスはビガンのパブリック・マーケット近くの

バスターミナルを定刻の夜7時に出発した バスはお約束どおりエアコンが

クレィージーに効いた泰国、同様の冷凍庫バスである

ちなみにマニラまでの我慢大会の御代は634ペソ 1280円

一路、南下するバスはサンフェルナルド市郊外で食事休憩、その後は

トイレ休憩を含め幾度か止ったようだ 深夜で空いてるハイウエィをアジア独特の

クラクションの洗礼でトライシクルやトラックを蹴散らせ猛スピードで突っ走る

深夜特急ならぬ暴走バスは定刻より2時間近くも早いAM3時にはマニラの

クバオ地区 終着のパサイ地区には、まだ夜が明けない3時20分に

到着となったものの周りは闇の世界 パサイ地区の、どこかも解らないところから

この時間帯のジプニーはホールドアップして下さいと言ってるようなもので

自らの危険を避けメーターで走るのを嫌がる、うざいタクシーを一喝し

定宿のあるマビニ・エルミタ地区へ向かいましたとさ


2008-09a

暫くルソン北部で半ば強制的に郷土料理を強いられてた胃袋 

私がマニラ到着の夜にまず向かったのはチャイナタウンはドブ川沿いの

ご贔屓のバラック屋台 まずはお約束の空心菜と豚肉を炒(チャオ)したものに

アディショナルで木耳&筍をトッピングそれをあてにサンミゲール3~4本

〆はカニチャーハンの上に、これまたアディショナルでふわふわカニ玉子の

フカヒレあんかけと我がままメニューで鋭気を養い

土産のプアール茶 薬局で男宝 を買い占め夜の町に消えたのさ

2008-09a

ようやくNEW空港のターミナル3 国際線の機動も整いかけたようだが

それでも中には自分の役割がなんなのか理解できてない輩も多く

何人かは、お喋りとメリエンダ (おやつ)に夢中のようだ

2008-09a

セブパシフィック 5J の地上乗務員 (たぶん派遣社員)

日本のアミューズメントパークで半年、働いていたそうだ

フィリピンでは、ごく普通にあることですが相手が日本人だと知ると

さすがラテン系の血が騒ぐのか 毎度業務、そっちのけで喋って来ます

ご多分にもれず、この時もそうでネームホルダーに日本語を書いて欲しいと

他のチェツクインの客が並んでるにも関わらず オネダリして来ます

TXTナンバー (比ではSMSなのでコールナンバー)を教えるのでミスコールする条件で

後方から突き刺さる視線のなか書いてあげ今回も楽しいフィリピン詣でとなった

しばしのお別れ、さよならフィリピン 12月に逢おうねタヤちゃんw

2008-09a

2008-09a

今回も移動でお世話になったのがセブパシフィック 5J

マニラ~マカオはこの時は少々お高く9000円代 次に乗った時は4500円と

まるで株をやってるような感覚の航空会社である

ちなみに香港路線は人気なんで倍近くは言って来ます まるでヤクザ商売だね

マカオ~香港間は船で1時間程度なんで香港に参りたい方はマカオ路線にと

言いたいのですが、敵もうわてでマカオ到着が10時とマカオで

1泊しいられそうな到着の時間なのです



次回はマニラを19:30に出発し2時間のフライトで21:30にマカオへ到着編です




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フィリピン ビガン 歴史地区 世界遺産 2
2008 10月22日

昨夜、訪れた歴史地区指定のメナ・クリソロゴ通り ナトリウムランプのオレンジ色の

光の存在がまるで映画(未知との遭遇)のような不思議な異次元空間を演出していて

外壁を妖しくそれでもって、やわらかい感じに演出していた

それがもし白い強烈な光を発する水銀灯なら写されたくも無い隅々まで明かりは

行き届き全然違った町並みに写しだされていたことだろう ストロボ光を使用していても

同じだろうが昨夜のLX-3は、もちろんフラッシュワラの撮影、手ブレを気遣いASA400

シャッターボタンを押さずにセルフモード2秒で8/1secの撮影

今、私が目にしてる太陽の光を浴びたメナ・クリソロゴ通りは、カメラモードを

ASA80に戻し露出は-2/1と、昨夜とはまた違った表情を見せた


2008-09a

確かに昼間は、そこらじゅうでカレッサ(馬車)の姿を目にする

なかなか雰囲気のある通りだがヨーロッパなら何処にでもある町並みなんでしょうね

2008-09a

この通りは石畳を保護するため車が通れないので、フィリピン名物の巻煙のジプニーや

ひと昔前の日本車から排出されるCO2もなく それはそれで良いのだが


観光客もまばらな、この季節 暑い日中は商いの皆さんお喋りも兼ね

日陰になる方へ避難されてて土産物屋さんもまったくもって商売気ワラ

2008-09a

いろいろ見たが道沿いの土産物屋は、どこも暇そう

時おりフィリピン人観光客が記念撮影してるくらいの寂しい賑わいかただ

2008-09a

マニラ辺りでよく目にする渋滞の中ジプニーや乗用車に混じり懸命に働くカレッサも

考え深いものがあるが馬の日々の飯のことを考えるとビガンの暇なカレッサも

考えさせられる 是非とも乗ってあげなきゃね

2008-09a

これってマニラのタクシー同様で1日、いくらかでのレンタルなんかしらん?

ガソリン代のかわりにベジタブル まあこの時はガソリン価格がピークだっただけに

タクシーよりかは生活が楽なんだろうな~ って考えるくらい、わたくし暇を持て余してます

2008-09a

今夜の7時のバスでマニラに戻るので宿をリミットの12時にチェックアウト 

バックは宿のフロントで預かってもらい、その間、マーケットに行ったりの暇つぶし

昼は公園で営業してる会社員で満員の牛のすね肉のスープ屋でブラローと呼ばれる

ものとライスを注文するが肉の臭みが強く食べれたもんじゃない、やはりフィリピンでは

豚に限るね 唯一の楽しみの食事もはずし、することがなく暇だぁ バスターミナルの

椅子に座り本を読むが、なかなか集中出来ず再び町を歩きたおすことに

こんな事なら旅中は、むやみに昼間は飲まないの変な制約を訂正しようかな~ 


ビガンからパルタスのバスで一路南下すること10時間 マニラヘ戻るのですハイ



明日はマニラで一泊してその後、フィリピン・パラワンで知り合いの店がOPENする

12月初旬まで約2ヶ月間、マカオをかわきりに中国・インドシナ地域と さ迷います





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フィリピン ビガン 歴史地区 世界遺産 1
2008 10月21日


ある程度の予想はしていたものの、かなり蒸し暑く夜更けだというのに

じぃ~っと していても汗ばむ おまけにまとわりつくように蚊がふ~ら ふら

冷えたビールが飲めるのが唯一 救いの、なんのとりえもない粗末な食堂で

冷えたバーベQをあてに無言のまま一気飲み  その直後、脳裏を霞めたのは

今夜も部屋のチョイスを間違えたなっと...............  続いて隠しもっていたラムをグラスに


ここ1週間ばかり高原都市でエアコンなど無縁の生活をしていただけに

志向回路が働かなかったのが原因なのに、なおもアルコールで奈落へ



ここビガンの町は南シナ海に面しているせいもあり東南アジア独特のぐっしょり ウエットな

風が街全体を覆っている地理的にはマニラから車で北上すること約400km

南イロコス州の州都 とりわけ有名なのが世界遺産ストリートと呼ばれる

石畳が残りカレッサ(馬車)が行き交う メナ・クリソロゴ通りだ

登録区分は文化遺産 登録年は1999年度となっている


2008-09a

世界遺産と言っても、ここはフィリピン 他の国のように、いたせりつくせりの

施設などない それが逆に撮影には好都合で夜は早く 観光客の姿も見かけなかった

2008-09a

ここ数日、稼ぎがなかったようなカレッサの主で、これこそ世界遺産に推薦したくなるような

くたびれた親父から 乗らんか~ってな塩梅で声が掛かる程度の寂しい賑わいかただ

2008-09a

マニラ辺りでもカレッサは走っているが観光客は最後料金で揉めるのがお約束で

ごたぶんにもれず、ここでも同じだろってな塩梅で目もくれなかったが

フォトジェニック的にも、いないと、いないでまた寂しいものだ

2008-09a

実は種あかし (かっこよく言えば撮影秘話)だが

この通りには実にカレッサが似合う昼間なら履いて捨てるほど徘徊してるらしいが

この時間は少ない 行かれてしまうとゴーストタウンのような町撮影になっちゃうので

それもなんなんで親父に駆け寄り雇うことに 早い話、乗るためじゃなくモデルだ

気に入った場所に連れまわし50ペソ (110円) フィリピンの安食堂では

おかず1~2品とご飯に相当する金額を支払うことに

それが高いのか安いのか解らないが 親父は黙って微笑み闇夜に消え去って行ったとさ

2008-09a

骨董品なのか、そのまんまに最近作られたのか、店主が掃除嫌いのあまり

長年のホコリが、かぶっただけなのか、よぉ~わからない置物たぶん売り物(当たり前かぁ)

無造作にオブジェされた店が数軒ある程度の世界手つかず遺産ストリートだ

日本のように世界遺産をうたった饅頭・せんべえ ハローキティー人形などは売ってません

2008-09a

ここビガンの町は16世紀からのスペインによる統治下で商業、貿易の拠点として

栄えたらしく スペイン統治時代の街の名前は、シウダー・フェルナンディナ 長くて

覚えられんな~ ビガンに改名されたことを有り難く思うね その時代に築かれた

このような植民地時代の街並み 実はマニラやセブにも同様の街並みが存在したが

太平洋戦争時に焼失したのだがビガンの街並みだけは奇跡的に戦渦を逃れた

何故って突っ込みたい方は、こちらをどうぞ




セブににも同様の街並みが存在した クリックで移動



次回は同じメナ・クリソロゴ通りを昼間に訪れてみました




ここをクリックすれば、2008年度に訪れたションベン臭いビガンHotelの記事に飛びます!






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